上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

何もない日。

今日は、お店が定休日。
土の中でサナギでいるセミよりも
予定を持たない日。

旧知の方の訃報を聞いて、
お宅へお邪魔した。

もう、この御家族とのお付き合いはどの位になるだろう。
たしか、始まりも夏であったと思う。
中学三年の15歳の時だ。
ベースギターとソウルミュージックの夏の日。

その家族の御主人が亡くなった。
この方がいなければ、僕の十代は間違いなく色彩を欠いたに違いない。
僕に音楽と日本蕎麦を教えてくれた一人だ。

僕は飲食店を営んでいるから、もしかしたら人との出会いは多いのかもしれない。
多い分、別れも多いのかもしれない。
手を振る場合もあれば、振られる事もある。
手も振らずに去っていく人もいれば、別れを惜しんでくれたケースもある。
でも、『別れ』は、いつの日も、誰とでも、辛く悲しく寂しいものだ。
多いから慣れる事ではないらしい。
そして、また思い出しては悲しみは繰り返すらしい。
きっと、御主人の事も僕は思い出すだろう。

お悔やみの中、その家族から、いくつかの美しい後日談を話して頂いた。
やさしい顔で。

僕は、そんな美しい後日談に裏付けられた濃密な幸福が
いつまでも続くといいと心から願う。

もしも、続いていく全ての事が永遠ではない事を
彼が生きていた時よりも知ってしまったとしても。
悲しみが繰り返しやってきたとしても。

今日は、何もない日。
ずっと遠くで唸る雨雲よりも
予定を持たない日。


スポンサーサイト
[ 2011/07/13 18:47 ] 日和 | TB(0) | CM(0)

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://sforma.blog115.fc2.com/tb.php/98-e6ff2836